スナップショットフォーカス──それは、旧オリンパス(OLYMPUS)が遺した小さな機械的遺産。目測撮影やパンフォーカス撮影の世界へ、一瞬で誘ってくれる特別なレンズ機構である。
フォーカスリングを手前に引くだけで即座に目測モードへ切り替えられるこの仕組みは、街角の一瞬を逃さず捉えたいスナップシューターにとって、極めて実用的かつ魅力的な存在だった。また、手前から奥まで広範囲をシャープに写すパンフォーカスも瞬時に得られるので、スナップ撮影での表現を広げるのに大いに貢献した。
だが近年、オリンパスの技術を継承したOM SYSTEMが開発する新型レンズ群ではこの機構が一切採用されていない。将来的には、この機構も静かにフェードアウトしていく運命なのかもしれない。
ならば今こそ、スナップショットフォーカスの本質と使い方、その意義をあらためて振り返り、記録として残しておくべきではないか。本記事は、そんな思いを込めた“最後の記録”である。

スナップショットフォーカスとは?
スナップショットフォーカス(Snapshot Focus)とは、旧オリンパス(現OM SYSTEM)が開発した目測撮影とパンフォーカス撮影のための独自機構である。後年のM.ZUIKO PROレンズに搭載されたマニュアルフォーカスクラッチ(MFクラッチ)よりも早い段階で採用されたもので、特にスナップ用途を重視したごく一部の単焦点レンズに搭載されている。
この機構の特徴は、フォーカスリングを手前に引くという単純な動作で、即座に目測モードへと切り替えられる点にある。あらかじめ設定した距離にピント位置を決められるため、オートフォーカス(AF)を使うことなく、突発的な被写体の動きにも瞬時に対応できる。これは、街角の一瞬を逃さず撮るスナップ撮影において、大きなアドバンテージとなる。
また、F値と撮影距離の組み合わせによって、パンフォーカス撮影も容易に実現できるのがこの機構のもう一つの魅力だ。街角で出会った光景も画面の手前から奥まで全体をシャープに写しやすくなるので、状況を明瞭に伝えたい場合にも重宝する。
スナップショットフォーカスが使える対象レンズ
2025年7月現在、スナップショットフォーカス機構を採用する旧オリンパスの単焦点レンズは下記に2本に限定されている。
- M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8 (2012年登場)
レンズの個別レビュー記事はこちら↓
【レンズレビュー】OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8|スナップ撮影に人気の小型広角単焦点レンズの魅力を作例と一緒にご紹介
- M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0 (2011年登場)
レンズの個別レビュー記事はこちら↓
【レンズレビュー】OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0|スナップも夜景も上質に撮れる小型広角単焦点レンズの魅力を作例と一緒にご紹介
なお、前者に関しては、この3月に後継モデルであるM.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8 IIが発売されているが、スナップショットフォーカス機構は廃止されているため使えない。
後継モデルではアウトドアでの利便性を高めるために新たに防塵防滴構造が採用されている。しかし、開発者によると、小型軽量を維持したまま、防塵防滴構造とスナップショットフォーカスを併存させるのは困難だったらしい。
また、後者に関してもそう遠くない内に後継が登場するはず。だが、12mmの単焦点レンズは17mmよりも設計難易度が高い。アウトドア用途に特化させるなら、今後発売されるM.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0 IIからは、まず間違いなくスナップショットフォーカスはオミットされるだろう。
いずれにしろ、型落ち・生産完了のモデルも含めても、2本の単焦点レンズでしかスナップショットフォーカスを活用した撮影は楽しめないことになる。今まで以上に貴重なスナップ撮影機構になることは間違いない。
【注意】スナップショットフォーカスはMFクラッチとは別物
誤解の多い事柄なのだが、スナップショットフォーカスはM.ZUIKO PROレンズに搭載されているマニュアルフォーカスクラッチ(MFクラッチ)とは構造や目的が異なる。要するに、完全な別物になるということだ。
スナップショットフォーカスを使用した際、フォーカスリングの回転角は狭めに制限される。そのため、MFクラッチのようにピントを繊細に調整する操作には向かない。
単にMFで撮影したい場合は、カメラ側のメニューでフォーカスモード「MF」を選択しよう。そのうえで、フォーカスリングを引かずにそのまま操作すれば、微細なピント操作がスナップショットフォーカスを使うよりも確実に行える。
この点は有名カメラ店のスタッフも間違えるほど厄介だ。しかも、スナップショットフォーカスを有効にするとフォーカスモードがMFに移行する点もややこしさに一役買っている。
MFで撮影したい場合はフォーカスモードだけを変えてフォーカスリングは引かずにそのまま操作する。スナップショットフォーカスを使う時だけフォーカスリングを引く。実際の撮影ではこのことを念頭に置いて使ってもらうといいだろう。
【基礎】スナップショットフォーカス機構の仕組み
次に、スナップショットフォーカスの仕組みと使い方について解説しよう。
鏡筒にあるフォーカスリングを手前に引くと、隠されていた距離指標目盛が被写界深度目盛の下に現れる。
白色に刻印された文字がメートル指標(m)で、オレンジ色の方がフィート指標(ft)になっている。日本人なら普段から馴染みのあるメートル指標の方を使うといいだろう。
ここからが重要ポイントだ。
被写界深度目盛の中央に赤色の線が付いているのが見えると思う。スナップショットフォーカス機構でピント位置を指定する場合は、この赤線に合焦したいピント位置となるメートル指標の数値を合わせる。
例えば、画像のように赤線にメートル指標の「1」を合わせると、フォーカスリングを手前に引いた時、ピント位置が撮影者から1mの位置へ瞬時に移動するようになる。

なお、この際に被写界深度も同時に設定されるが、その範囲についても鏡筒の被写界深度目盛で確認が可能だ。というのも、指定したピント位置の数値の上左右に来る白線が大まかな被写界深度の範囲を示しているからだ。
ピント位置を1mに指定したさきほどの場合で詳しく見てみよう。
「1」の左右のごく近い位置に「5.6」から伸びた白線があるが、これはレンズのF値をF5.6に設定した場合の被写界深度の範囲を示している。つまり、F5.6に設定した場合、大まかに0.9mから1.2m程度の範囲がシャープに写るということを意味している。
同時に、この被写界深度目盛では、F値を「11」や「22」に設定した場合の範囲もまとめて確認できる。F11の場合は目視で0.8mから1.5m程度の範囲が、F22の場合は0.75mから2m程度の範囲が被写界深度になる。(実際はF22の状態では無限遠「∞」までカバーできる。)
いずれにしろ、F5.6に設定した場合よりもさらに広い範囲をシャープに写せるということだ。
レンズ鏡筒の距離指標目盛と被写界深度目盛はかなり大雑把に配置されている。そのため実際の被写界深度との間に多少の誤差があるのが難点。撮影距離やF値ごとの正確な被写界深度の範囲を確認したい場合は、下記のリンクからOM SYSTEM公式の各製品ページに記載されている被写界深度表を参照することをおすすめする。
【実践】スナップショットフォーカスの使い方
ここからはいよいよ実践編だ。準広角単焦点レンズのM.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8を例に、スナップショットフォーカスの使い方を解説しよう。
目測を活用したスナップ撮影での使い方
まずは、目測を活用したスナップ撮影でスナップショットフォーカスを使う方法について見ていこう。撮影に臨む前に下記の手順で合わせたいピント位置を指定しておく。
- フォーカスリングを手前に引く
- フォーカスリングを回して目的のピント位置を選択する
- フォーカスリングを奥へ押して戻す
最初に、フォーカスリングを手前に引いて隠れていた距離指標目盛を露出させる。
次に、合わせたいピント位置を登録する。被写界深度目盛の中央にある赤線に、距離指標目盛(メートル指標)にある目的のピント位置の数値が来るように、フォーカスリングを回して調整しよう。
ピント位置の登録が終わったら、フォーカスリングを奥へ押して戻せば事前準備は終了だ。
なお、このときに指定したピント位置までの距離を目測でもある程度正確に把握できるようにしておきたい。
目測を使った撮影に慣れない内は、正確な距離感を把握するためにメジャーなどを使って足元からの距離を実際に測っておくのもおすすめだ。「3mってこれくらいなんだ」というようにイメージがしやすくなるだろう。
実際のスナップ撮影では次のように使う。
- 指定したピント位置に被写体が来る、または、自分から近づく
- フォーカスリングを手前に引く
- そのままシャッターボタンを押す
ここでは例としてピント位置を3mに指定した場合で解説しよう。
まず、目測で距離感を意識しながら撮影したい被写体を探す。指定した3mの射程圏内に被写体が来るのを待つか、3mの位置まで自分から被写体に接近する。
次に、被写体との距離が目測で3mになったと思ったら、フォーカスリングを手前に引いてスナップショットフォーカスを発動させる。
そして、そのまま即座に素早くシャッターボタンを押す。
以上だ。この一連の流れを踏まえることで、目測を活用した昔ながらのスタイルでのスナップ撮影がスムーズに楽しめるようになる。
パンフォーカス撮影への応用
ついでに、スナップショットフォーカスの応用的な使い方にも触れておこう。ズバリ、瞬間的にパンフォーカス撮影へ移行する方法だ。
M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8の場合、まずは距離指標目盛を「3m」に合わせる。

その状態でF値をF8程度まで絞ると、手前1.3mから無限遠「∞」までほぼ全域がシャープに写るパンフォーカス状態が作れる。
ちなみに、距離指標を5m(「3」と「∞」の間)に設定する場合なら、F4からでも十分なパンフォーカス効果が望める。これは被写界深度が過剰に浅くならないマイクロフォーサーズ(MFT)規格ならではの強みだろう。
これらをあらかじめ設定しておけば、どんなシーンでもフォーカスリングを手前に引くだけで瞬時にパンフォーカス撮影が可能になるというわけだ。
このように、距離指標目盛と被写界深度目盛の見方をマスターさえできれば、スナップショットフォーカス機構は意外とあっさり攻略できる。 M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8を手に入れたら、ぜひともこの機能を使いこなしてほしい。
スナップショットフォーカスで撮影した作品の紹介
最後に、対象レンズでスナップショットフォーカスを使って撮影した作品をいくつか紹介しよう。
1枚目はこちら。故郷である千葉県市川市のとある公園で前を通り抜けた自転車を撮影したものだ。

事前にスナップショットフォーカスのピント位置を3mに指定しておき、自転車が通りがかった瞬間にフォーカスリングを引いて記録した。こういった咄嗟の瞬間に起きた出来事に対処するのにスナップショットフォーカスは大いに役立つ。
2枚目はこちら。東京・秋葉原にあるラジオ会館の前で通行人を撮影したものだ。

この時ピント位置は5mほど(「3」と「∞」の間)に指定していた。直前までビルや街並み自体を撮影していたのだが、片目でラジオ会館の前を横切る通行人を見かけたので、画面中央に来た瞬間にスナップショットフォーカスで切り取った。
3枚目はこちら。東京・南千住にある都電荒川線(東京さくらトラム)の三ノ輪橋駅前でトラムを撮影したものだ。

この時もピント位置は5mほどに指定していた。直前まで三ノ輪橋商店街での散策と撮影を楽しんでいたのだが、商店街のアーケードから出た瞬間、トラムが駅に到着しようとしていた。咄嗟にF値をF8まで絞りつつスナップショットフォーカスを発動させ、逆光でのパンフォーカス撮影を試みることで、昭和レトロな情景を再現した。
ちなみに、2枚目と3枚目の作品については、OM-D E-M5 Mark IIで撮影を行っている。現行モデルと違ってこのカメラには像面位相差AFが搭載されていないため、突発的な事象に対するAFの速度ではかなり不利になる。
つまり、AFでのピント合わせが不要なスナップショットフォーカスだからこそ撮れたものと言えるだろう。
総評
今回は、旧オリンパスの失われゆく目測撮影の独自機構「スナップショットフォーカス」についての解説をお届けした。
オリンパスブランドの継承者であるOM SYSTEMは、おそらく今後この機構を採用した単焦点レンズを新たにリリースすることはないだろう。
しかし、スナップショットフォーカスが多くのスナップシューターの撮影表現を広げたという事実がなくなることは決してない。
これからもファンの中で長く使われ続けていくに違いない。
僕も手元にある2本の対応レンズが使用できる限り、スナップショットフォーカスを活用したスナップ撮影を楽しんでいきたいと思っている。
スナップショットフォーカス対応の準広角単焦点レンズ:M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8 ↓
スナップショットフォーカス対応の広角単焦点レンズ:M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0↓













