【聖地巡礼】『シュタインズ・ゲート』のロケ地巡り|後編・雑司が谷

都電雑司ヶ谷駅の画像5

日本だけではなく、海外でも広く人気を集めているジャパニメーションの傑作『Steins;Gate(シュタインズ・ゲート)』。昨年の4月から9月にかけて、ifストーリーを描いた続編の『シュタインズ・ゲート ゼロ』が放映されたこともあり、その人気は止まる所を知らない。

『シュタインズ・ゲート』シリーズは秋葉原が主な舞台となっていることが知られている。前回はシュタインズ・ゲート聖地巡礼と称して、アニメの作中に登場したロケ地を一通り回りつつ現地の様子のレポートをお届けした。

【聖地巡礼】『シュタインズ・ゲート』のロケ地巡り|前編・秋葉原

上記の記事では、『シュタインズ・ゲート』の概要や、シリーズ全作をお得に観る方法、さらには聖地巡礼で撮影に使用した機材についても解説している。もしまだ読んでいない方は、先にそちらから目を通していただくのがおすすめだ。ちなみに、撮影機材に関してはこの雑司が谷編でも秋葉原編と同じものを使用している。

さて。

実は『シュタインズ・ゲート』の舞台となった場所は秋葉原だけではない。秋葉原に比べると登場箇所は限られるのだが、アニメの作中には雑司が谷も登場している。

そこで今回は、シュタインズ・ゲート聖地巡礼の続きということで、アニメの作中に登場した雑司が谷のスポットをご紹介していく。

ぜひ前回の記事とも合わせて読んで、魅力溢れる『シュタインズ・ゲート』の世界をより深く満喫してほしい。

Alan
俺だ。雑司が谷に辿り着いたが、ここは秋葉原とは街の雰囲気がまるで違うな。この街には文化的で穏やかな時間が流れているのでとても落ち着く。しかし、どこに「機関」のエージェントが隠れているか分からないので油断はできない。警戒を怠ることなく任務を遂行していく。すべてはシュタインズ・ゲートの選択のままに。エル・プサイ・コングルゥ @alan-d-haller
今回の記事に掲載した写真の大半は、アニメの作中に登場したコマとの厳密なカット合わせはしていない。あくまでも『シュタインズ・ゲート』のロケ地をモチーフにしつつも、そこを訪れて僕自身が感じたことを主題にスナップ撮影した写真を掲載している。そのため、作中とは異なるイメージや視点の写真を多く見かけるかもしれないが、ご了承の上でお楽しみいただけると嬉しい。

雑司が谷と『シュタインズ・ゲート』

雑司が谷ってどんなところ?

雑司が谷とはJR池袋駅の南東に広がるエリアのこと。池袋副都心の近隣にあるとは思えない、落ち着いた佇まいが特徴の街で、豊かな歴史と文化に彩られている。

古き良き時代の面影を伝える街並みや歴史的な建造物が各所に点在しているので、歴史好きにはたまらない街だ。最近では現代風にアレンジされたおしゃれなカフェも次々とオープンしており、外国語の案内も充実しつつあるので、若者を中心に海外からの観光客も増えてきている。

また、都電荒川線(東京さくらトラム)の沿線にあることも魅力の一つ。都内では今や貴重となってしまったトラムのある街並みが楽しめることから、散策やスナップ撮影にはもってこいの街になっている。

秋葉原からは山手線を使えば20分ほどで池袋へ行ける。そして、池袋駅からは15分ほどで雑司が谷エリアに辿り着けるので、やろうと思えば秋葉原のスポットと合わせて1日で『シュタインズ・ゲート』シリーズのロケ地を回ることも可能だ。

雑司が谷の歴史と文化

この雑司が谷の街は法明寺や鬼子母神堂(きしもじんどう)とともに発展してきた。

平安時代の前期に当たる810年に真言宗の寺として威光寺が建立されたのが雑司が谷の歴史の始まり。時代が下って鎌倉時代末期の1312年、日蓮の弟子である日源が真言宗から日蓮宗に改宗したのを機に威光山法明寺と号が改められる。それ以降、法明寺は何度も破壊と改修を繰り返しているが、雑司が谷は法明寺の門前町として栄えてきた。

また、鬼子母神堂も雑司が谷の歴史を語る上で欠かせない。江戸時代の前期に当たる1664年に安産と子育ての女神として鬼子母神を祀る聖堂が現在の地に建立された。それから参詣者が増えるにつれて参道には茶屋土産物店が立ち並ぶようになり、栄えるようになった。

明治期には夏目漱石や小泉八雲などの文豪たちがこの街を拠点として活動していたことでも知られている。街の東部にある雑司ヶ谷霊園には彼らの墓が設けられている。また、明治後期から太平洋戦争勃発直前までこの地で青少年や幼児の近代教育に務めていた宣教師ジョン・マッケーレブが自宅として住んでいた洋館も大事に保存されている。

『シュタインズ・ゲート』シリーズとの関わり

シリーズ第1作目の『Steins;Gate(シュタインズ・ゲート)』(以下、『無印』)では、雑司ヶ谷霊園がまゆりの祖母の墓がある場所として登場していた。また雑司ヶ谷霊園は、最新作の『シュタインズ・ゲート ゼロ』(以下、『ゼロ』)では、物語の鍵を握るとある重要人物の墓がある場所としても1度だけ登場していた。

このように、『無印』と『ゼロ』では主に雑司ヶ谷霊園やその近辺だけが取り上げられているのだが…シリーズの時系列的に最も後となる『劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ』(以下、『劇場版』)では、雑司が谷の街はより広いスポットがフューチャーされている。

ストーリー終盤ではおかりんを救うために紅莉栖が過去の雑司が谷を訪れることになる。その際に鬼子母神堂や都電雑司ヶ谷駅など、雑司が谷の街を象徴する観光スポットがロケ地としていくつか登場しているのだ。

そのため、この雑司が谷の街も『シュタインズ・ゲート』シリーズにとっては欠かせない聖地巡礼のスポットと言えるだろう。

シュタインズ・ゲート聖地巡礼マップ(雑司が谷)

下記の地図には『シュタインズ・ゲート』のロケ地となった代表的な場所を掲載している。

シュタインズゲート聖地巡礼マップ(雑司が谷)の画像

「(数字)」と赤字で記載されているのがその場所で、(1)から(3)まで全部で3箇所が各地に点在している。実は他にも細かなスポットが各所に点在しているのだが、今回は主なロケ地として3箇所に絞らせてもらった。

この記事では番号ごとにロケ地を紹介していくので、記事を読み進める際はこのマップも合わせて確認してもらえると嬉しい。

聖地巡礼の始まりは鬼子母神前駅から

雑司が谷でのシュタインズ・ゲート聖地巡礼は都電荒川線(東京さくらトラム)の鬼子母神前駅を起点にするといいだろう。JR池袋駅からは東口から明治通りを下れば15〜20分ほどで辿り着ける。

鬼子母神前駅に到着するトラムの画像

もしくは時間に余裕があるのならば、秋葉原からであれば東京メトロの日比谷線で三ノ輪駅まで乗って、そこから徒歩で都電荒川線の三ノ輪橋駅に向かい、トラムで鬼子母神前駅を目指すという方法もある。1時間少々かかるが、都内では唯一となったトラムでの旅を楽しみながら辿り着くのも一興だ。

鬼子母神前駅に辿り着くと、目の前にはけやきが並び立つ並木道の入り口が見えてくる。この並木道が1つ目の聖地巡礼スポットである鬼子母神堂へ続く参道だ。参道脇のけやきが木陰によって穏やかな憩いの空間を作ってくれている。

鬼子母神堂参道の入り口の画像

現代でこそ閑静とした並木道だが、鬼子母神堂の参道として隆盛を誇っていた江戸時代の頃は参道の両脇に料理茶屋や土産物屋が並び、大きな賑わいを見せていたという。

参道を半ばぐらいまで進むと、右手には雑司が谷案内所という観光案内所が見えてくる。ここでは雑司が谷エリアに点在する名所・旧跡などの観光名所やイベントに関する情報を入手できるほか、土産物なども購入できる。また、2階にはギャラリーが開設されており、雑司が谷にゆかりのある絵画などの作品が展示されている。

鬼子母神堂参道の画像

ちなみに、案内所の向かい(上記の画像では左側)にある大きなけやきは樹齢400年を超える古木だ。この大木は江戸時代後期に活躍した浮世絵師の歌川広重の作品にも描かれており、参道の往時の繁栄ぶりを今に伝えるものとして知られている。

ちなみに、このけやきの大木と参道のけやき並木は、後ほど紹介する鬼子母神堂の大公孫樹(子育てイチョウ)と合わせて、東京都の天然記念物にも指定されている。

さらに参道を進むとT字路に突き当たるのだが、そこを左折するとすぐに鬼子母神堂が見えてくる。

(1)鬼子母神堂

鬼子母神堂(きしもじんどう)の境内に入るとすぐ、『シュタインズ・ゲート』シリーズのファンであればデジャヴを感じる光景を垣間見ることができる。

鬼子母神堂の入り口の画像

上記の画像は境内の入り口付近から本堂(鬼子母神堂)を眺めたものだが、この構図はそのまま『劇場版』の終盤で紅莉栖がこの場所を訪れた際のカットとして使用されている。映画の劇中は雨だったので少々雰囲気が異なるが、雨の日に訪れれば劇中と同じような空気感を味わえるだろう。

奥の本堂には御本尊である鬼子母神の像が納められており、安産や子育てのご利益を求めて訪れる参拝客で毎日賑わっている。

鬼子母神の由来

鬼子母神は元々インドの夜叉神の娘で、近隣の幼児を食べる暴虐な鬼として恐れられていた。しかし、釈迦に自分の末の子を隠されたことで、子を失うことの辛さを思い知らされる。そして釈迦に諭されたことで改心し、その後は安産・子育ての神となることを誓って、人々に尊祟されるようになったという。

また、本堂に安置されている鬼子母神像は鬼形ではなく、幼児を抱いた菩薩形の美しい姿をしていることから、敬愛の念を込めて「ツノの付かない鬼の字」が使われている。そのため、お堂の正式名称を始め、周辺の地名でもこの特殊な鬼の字が広く見かけられるというわけだ。

本堂に向かって参道を少し進むと、左脇にそこだけ時が止まったかのようなノスタルジックな佇まいの小屋が見えてくる。そこが次のスポットとなる上川口屋だ。

上川口屋の画像

この上川口屋は日本最古の駄菓子屋として知られており、江戸時代中期に当たる1781年の創業から230年以上に渡ってこの地で営まれてきたらしい。僕が訪れた日も老若男女問わず多くの参拝客がラムネや駄菓子を買うために訪れており、とても大盛況だった。

『劇場版』の終盤では紅莉栖が一時的に雨宿りをするためにこの駄菓子屋を訪れている。

次は境内の入り口付近まで少し戻ることになるが、入り口の左脇には大きなイチョウの木:大公孫樹がそびえ立っているのが見えるだろう。

大公孫樹の画像

この大木は地元では「子育てイチョウ」や「子授けイチョウ」とも呼ばれ親しまれているが、樹齢600年を超える大樹として東京都の天然記念物にも指定されている。秋には一面を落葉が埋め尽くして黄金色の絨毯を作るのだそうな。

そして、その大公孫樹を囲むようにして多くの鳥居が連続して設置されているのだが、実はここも『劇場版』で紅莉栖が鬼子母神堂を訪れた際のワンカットに使われている。

大公孫樹を囲む鳥居の画像

鬼子母神堂は雑司が谷の中心となる古社ということもあり、ここでは多くのイベントが開催されることでも知られている。7月には夏市や盆踊り、毎年10月16日〜18日に行われる大祭には日蓮の供養として万灯を持った人たちによるお練り行列も開催される。

『シュタインズ・ゲート』の世界観とは少々外れてしまうが、地元の人々に愛される鬼子母神堂の真の姿が垣間見れるので、それらの日に訪れてみるのもいいだろう。

(2)都電雑司ヶ谷駅

続いて目指すのは、都電荒川線の都電雑司ヶ谷駅だ。鬼子母神前駅からは都電荒川線の線路沿いに10分ほど歩けば辿り着ける。

ちなみに、鬼子母神前駅から都電雑司ヶ谷駅に至るまでのエリアには『劇場版』で登場したスポットがいくつか存在する。

しかし、この周辺は都市再開発のせいか現在でも工事が頻繁に行われており、映画の劇中に登場した2005〜2011年からは沿線の景色が大きく変貌しつつあるため、今ではもう見れなくなってしまっているスポットも存在する。

都電雑司ヶ谷駅もそういったスポットの1つではあるのだが、まだ当時の雰囲気をある程度は残しているので訪れてみる価値は大いにある。

都電雑司ヶ谷駅の画像1

上記は三ノ輪橋方面行きのホームを撮影した写真で、『劇場版』の終盤では過去へタイムスリップした紅莉栖は少年時代のおかりんとこのベンチで話をしていた。

ここで「鳳凰院 凶真」が誕生したことに思いを馳せると、ファンとしてはとても感慨深いものがある。なお、紅莉栖がおかりんのフ○ースト○スを奪った犯行現場もここだ。

都電雑司ヶ谷駅の画像2

紅莉栖とおかりんが座っていたホームを反対側のホーム(早稲田方面行き)から撮影したのが上記の写真だ。踏切を右側に進むと雑司ヶ谷霊園へ向かうことができる。

都電雑司ヶ谷駅の画像3

「そういえば劇中にはこんな構図のカットもあったなぁ」と思って撮影してみたのが上記の写真。踏切の遮断機の隙間から駅に到着するトラムを狙ったものだ。やはり劇中に登場していた雨の日のものとは雰囲気が少し異なるが、こういう構図で撮るのも面白い。

都電雑司ヶ谷駅の画像4

上記は1つ先の踏切の上から都電雑司ヶ谷駅のホームを撮影した写真。『劇場版』にはこういった構図のカットがいくつか使われていたので、とりあえずスナップ撮影してみた。

実はもう1つだけ重要なカットが存在する。

都電雑司ヶ谷駅の画像5

それが上記の、紅莉栖と少年おかりんが座っている駅ホームのベンチを後方から撮影した写真だ。本来は左斜め下からローアングルで見上げるような構図なのだが、ご覧の通りホームの裏はフェンスで封鎖されているため、劇中と同じような構図で撮影することはできなかった。

それだけが無念ではあったのだが、この都電雑司ヶ谷駅のホームにも間違いなく『シュタインズ・ゲート』の世界観の面影を感じられることが分かった。ファンならば絶対に外せない聖地だ。

(3)此花亭(雑司ヶ谷霊園)

シュタインズ・ゲート聖地巡礼の最終スポットとして訪れたのが、雑司ヶ谷霊園の脇に併設されている霊園指定花屋の1つである此花亭だ。京都の老舗店を彷彿とさせるような味わいのある佇まいが感じられる。

此花亭の画像

都電雑司ヶ谷駅からはかなり離れているのが難点。此花亭の建物は雑司ヶ谷霊園の東端にあるが、一方で都電雑司ヶ谷駅は霊園の西端にあるため、此花亭に向かう際は霊園を西から東まで大きく移動することになる。時間にして15分くらいかかるだろう。

この此花亭は『劇場版』の終盤で紅莉栖が過去の雑司が谷を訪れた際のカットの1つとして使われている。

ちなみに、雑司ヶ谷霊園は元々徳川将軍家の直轄地だった土地を明治時代に共同墓地として整備した場所だ。霊園内には、夏目漱石や小泉八雲などの明治期の文豪たちのほか、漂流してアメリカに渡ったジョン万次郎や、哲学者ラファエル・ケーベルなど大学で教鞭を振るって日本に近代教育をもたらした「お雇い外国人」たちの墓も設けられている。

ただし、非常に広大な霊園ではあるのだが、主要な場所を全て回っても霊園内には劇中に登場したまゆりの祖母の墓のモデルとなったような場所はどこも見られなかった。

とはいえ、霊園内には歴史の授業で学んだような偉人の墓が多く点在するので、シュタインズ・ゲート聖地巡礼のついでに散策してみるのもいいだろう。

総評

今回は雑司が谷の各地を巡って『シュタインズ・ゲート』のロケ地となった場所を紹介してきた。

秋葉原と比べるとアニメの作中に登場したロケ地は決して多くはないのだが、今回のレポートで雑司が谷の広い範囲に舞台となったスポットが点在していることがお分かりいただけたことだろう。

雑司が谷が重要な舞台として作中に登場したのは『劇場版』が主ではあるが、これらのスポットからも間違いなく『シュタインズ・ゲート』の雰囲気は垣間見ることができる。

『シュタインズ・ゲート』シリーズのファンならば、ぜひとも秋葉原と合わせてこの雑司が谷も訪問してみることを強くおすすめしたい。

ところで。

今回はシュタインズ・ゲート聖地巡礼をテーマにして雑司が谷を回ってみたのだが、この街には春には桜の名所となる法明寺や近代木造洋風建築として貴重な雑司が谷旧宣教師館など、他にも多くの観光すべきスポットがあることが分かった。また、雑司が谷が持つ文化的で洗練された雰囲気の街並みはスナップ写真の題材としても非常に魅力的だ。

なので、僕は近い内にまた改めて雑司が谷の街を訪れてみようと思う。ぜひあなたもシュタインズ・ゲート聖地巡礼をきっかけに、雑司が谷の奥深い魅力を探し歩いてみてほしい。

Alan
俺だ。何とか、今度こそ本当にミッションを完遂することができた。だがいずれ俺はこの街に戻ってくることになるだろう。それがシュタインズ・ゲートの選択だと言うのならな。エル・プサイ・コングルゥ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUT US
Alan Drake HallerTravel Journalist
千葉県在住、40代独身のトラベルジャーナリスト。【世界はそれでも美しく、希望に溢れている。】をモットーに、旅行先や千葉近郊での散歩中に発見した「希望」が持てる光景の写真作品や、旅写真ライフをさらに充実させるのに役立つ情報を発信しています!