【備忘録】岡嶋和幸作品展「風と土」&ギャラリートークで学んだこと

岡嶋和幸写真展「風と土」の入り口の画像 Camera

先日(3月9日)、銀座にあるソニーイメージングギャラリー銀座で開催されていた岡嶋和幸先生による写真作品展「風と土」を見学してきた。また、その際に『デジタルカメラマガジン』の福島晃編集長を迎えて行われたギャラリートークにも参加してきた。

この時の僕は写真プリントとプリンターを巡る根本的な問題に関して悩みを抱いていたのだが…、先生の写真展とギャラリートークを通してそれに対する一定の答えが見つけられたように思う。

今回の記事では、岡嶋和幸先生の作品展「風と土」とギャラリートークの模様を交えつつ、そこで写真プリントやプリンターに関して先生から僕が学んだことを備忘録としてまとめておく。

僕と同じように、今あえて自宅にプリンターを購入する意味や写真を紙にプリントする意義で悩んでいる方に対して、道を示す一助になれたらと思う。

Alan
現在はスマホやタブレットさえあれば、プリンターで紙に印刷しなくても写真を楽しむことは十分に可能だ。しかし、プリントするからこそ味わえる楽しみや、追究できる作品制作のこだわりもある。岡嶋先生の写真展での体験を通じて今回はそんな話をしていこうと思う。 @alan-d-haller

序章:写真プリントとプリンターを巡る悩み

1ヶ月ほど前、自宅のプリンターが故障した。購入から4年以上も使っていたのでプリンター自体は十分に天寿を全うしたとも言えるのだが、一方で大きな問題を残していった。

それからすぐにプリンターを買え替えようと色々とリサーチを進めていたのだが、リサーチを進めるほど僕の中でとある疑問が大きくなってしまった。現代はデジタル全盛の時代なのに、今さらプリンターを買ってわざわざ写真を印刷する意味ってあるのだろうか?、と。

現在は写真を含めあらゆるコンテンツをデジタルデータとして管理できる。かく言う僕も、自分の写真作品を見る時も他人に見せる時も全てiPadで済ませるし、SNSに投稿する時はもちろん、友人にシェアする時も画像データを送るだけだ。最近はフォトコンテストでさえも、作品をプリントせずにデジタルデータのままでも受け付けてくれる所が増えてきたのも、写真をプリントする必要性が少なくなったと感じる理由の一つだ。

加えて、単純に自宅にプリンターを所有する必要性すらも薄れてきたような気がする。アルバムを作成したり友人に写真をあげたりするためにプリントが必要になった時は、コンビニや家電量販店のプリントサービスを利用すれば事足りる。また、もし写真展を開催するような機会が訪れたとしても、プロラボやプライベートラボのサービスを利用すればプロ仕様の高性能プリンターでプロユースのプリント制作ができる。

そうした状況を顧みると、少なくないお金を出して今あえて自宅にプリンターを所有する意味も、写真をわざわざ紙にプリントする意味もほとんどなくなってきたように思う。

そして僕は、プリンターはもはや買い替える必要などない、という結論に達しかけていた。しかし一方で、CP+2019のエプソンブースでの写真プリントの楽しさを伝える展示やセミナーを体験したことで、何とも言えぬもやもやが残っていたのもまた事実だった。

写真をプリンターで印刷する時代は本当に終わってしまったのか?

自分専用のプリンターは本当に必要ないのだろうか?

そんな悩みを抱えた矢先に行き着いたのが、岡嶋和幸先生が主催する写真作品展「風と土」だった。

岡嶋和幸先生について

はじめに、岡嶋和幸先生について簡単に紹介させていただこう。

1967年福岡市生まれ。東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。スタジオアシスタント、写真家助手を経てフリーランスとなる。広告や雑誌などの写真撮影を担当するかたわら、世界を旅して詩情豊かな作品を発表。写真集「ディングル」ほか著書多数。主な写真展に「ディングルの光と風」「潮彩」「学校へ行こう!」などがある。
◾️引用元:岡嶋和幸フォトブログ

岡嶋先生は千葉県在住のプロカメラマンだ。海外を精力的に訪れて、主に風景写真やスナップ写真を撮影されている。単に海外の景色を綺麗に撮るのではなく、詩情豊かに表現されているのが、先生の作品の特徴だ。また、アジアの学校を取材されたり、地元の海で心象風景をテーマにした作品制作をされたりと、作品のジャンルは多岐に渡る。

岡嶋先生の作品については下記のギャラリーサイトでもその一部を鑑賞できる↓

Kazuyuki Okajima | LensCulture

また、写真講師としても大人気。撮影だけではなくプリントまでも含めて、作品制作を全工程に渡って教えられている。僕も愛読している『デジタルカメラマガジン』でも長く活躍されており、その中でプリント作品の制作に関する連載も担当されている。

言わば、写真プリント制作のプロ中のプロだ。

かくいう僕も、岡嶋先生には何度もお世話になってきた。約10年前に写真を始めた当初は先生の著書やワークショップで写真の基礎を学ばせてもらったこともあり、先生の撮影スタイルや作風にはかなりの影響を受けていると言える。

写真作品展「風と土」の概要

今回の写真展「風と土」は岡嶋先生の最新作である同名の写真集の刊行を記念して、銀座にあるソニーイメージングギャラリー銀座で開催された。

岡嶋和幸写真展「風と土」の入り口の画像

2008年に刊行された先生のファースト写真集「ディングル」の舞台となった、アイルランドの南西に位置するディングル半島を10年の時を経て改めて撮影したのが今回の作品とのこと。つまり、「風と土」は「ディングル」の続編とも言える作品だ。

10年も経てば、同じ場所でも風景が様変わりするし、自分自身の心の持ちようも変わる。ディングルと自分自身にどのような変化があったのかを見極めるために、先生は撮影を敢行されたという。

前作の「ディングル」では「風光」がテーマで、ディングル半島の美しい自然の眺めを表面的に切り取っていたのに対し、今作のテーマは「風土」で、この土地の素顔を本質的に捉えようとした点が異なるとのこと。

写真展ではA0の大判で印刷されたプリントも展示されている。作品それ自体も当然非常に美しいのだが、会場のレイアウトやフレーム、照明など、細部まで先生のこだわりが感じられるのも魅力だ。

岡嶋和幸写真展「風と土」の様子の画像

写真展の詳細に関しては、下記に掲載した会場であるソニーイメージングギャラリー銀座の公式サイトをご参照いただければと思う。なお、会期は3月14日までだ。

岡嶋和幸作品展 風と土

なお、写真集「風と土」はこちらからも購入ができる↓↓

前作は比較的コンパクトなサイズだったが、今作はより大きな紙面で製作されているので、岡嶋先生の重厚で奥深い世界観で描かれたディングル半島の自然美をゆったりと楽しめる。なお、今回の写真集は前作と同じスタッフを再結集して製作されたらしい。

補足:前作の写真集「ディングル」とは?

今作と同じアイルランドのディングル半島が舞台になっているが、今作と異なるのはディングルに住む羊からの視点で進められる物語調のスタイルを採用している点。単にディングルの美しい風景を楽しめるのはもちろん、詩的な文章が写真に添えられているので女性や子供でも絵本のように楽しめる。

僕も初版本を1冊所有しているのが、荒々しくも美しいディングル半島の自然美が楽しめるので非常にお薦めだ。当時の先生のサインも入っているのである意味ではプレミア物かも。

手持ちの「ディングル」の画像

ただ、何度も何度もページをめくったせいか、僕の手垢でやや汚れてしまってはいるので売り物にはならないだろう。お気に入りの写真集なので元より誰かに売るつもりも譲るつもりもないが、今でも心を落ち着けたい時などに時折楽しませてもらっている。

ちなみに、この写真集「ディングル」、現在はとんでもない高値が付いている。発売から10年の歳月が経ったこと、また写真集は基本重版されないこと、そして何より先生には根強いファンがいることが理由で、Amazonで中古で最低でも8000円近い金額が付いている

余談だが、現在は先生ご自身ももう1冊も所有されていないとか。刊行当初は20冊ほど手元に置かれていたらしいが、知人にあげることを繰り返している内になくなってしまったらしい。また、あと10年ほど寝かせれば、さらに価格が跳ね上がるかもと冗談も言われていた(笑)。

ギャラリートークで学んだこと

今回の写真展では、3月9日と10日の2回に渡ってギャラリートークが開催されていた。僕が訪問した3月9日には『デジタルカメラマガジン』の福島晃編集長が特別ゲストとして招かれていた。

岡嶋和幸氏ギャラリートークの画像

ここでは岡嶋和幸先生と福島晃編集長のクロストークの中で、その時に僕が特に参考になった話題を備忘録として書き留めておく。

撮影時は光の状態を常に考慮する

今作の「風と土」は前作の「ディングル」と同じ、アイルランド南西のディングル半島が舞台の作品だ。両作品とも荒々しくも美しい自然を重厚かつ奥深く表現した世界観が魅力な点では共通しているが、岡嶋先生によると、今回は制作のワークフローが若干異なるという。

前作の「ディングル」は撮影後のRAW現像やレタッチでその世界観を完成させていたらしいが、今作「風と土」ではほとんど撮影時の設定だけで仕上げていたらしい。そのためには、常に光の状態を気にかけ、どうすれば撮影時の調整だけで「ディングル」の世界観に近付けられるかを試行錯誤されていたという。

ちなみに、現地での撮影は主に早朝あるいは夕方に行われていたらしい。周囲にはケルト民族による有名な史跡が点在することもあり、10年前に比べると観光客の数が増えたので、わざと人気がなくなって静かになる時間帯を狙ったという。また、外に出る人が少なくなる天気の悪い日にも積極的に撮影を行われたとのこと。

撮影に使用した焦点距離は50mmが主

今作ではほとんどのカットで50mm(フルサイズ換算)の焦点距離を使用されていたという。

50mmは人間の視野角とほぼ同じ画角が得られることから、スナップ撮影などで基本の焦点距離として使用されることが多い。また、遠近感の誇張や圧縮の少ない自然な見え味が得られるのも特徴で、目の前の光景をありのままに表現するのに向いている。

ただし、自然な画角と遠近感で撮れるということは、意識しないと箸にも棒にもかからない散漫な写真になってしまうので、ある意味では最も難しい焦点距離とも言える。

岡嶋先生はその50mmをよく愛用されているが、使い方次第で広角的にも望遠的にも表現ができるのが魅力らしい。例えば、引きながらパンフォーカスで撮れば広角レンズのように表現できるし、逆に近づいて背景をぼかしつつ撮れば望遠レンズのようにも表現できる。50mmの焦点距離は応用性が非常に高く、使いこなせばレンズ1本だけでも多彩な表現ができるようになる。

先生のお話を聞いて、もっと50mmでの表現を追究していく必要があると、改めて思った。

写真は紙にプリントすることで初めて作品になる

撮影した写真はスマートフォンやパソコンに画像データととして保管したままの状態では作品とは呼べない。紙にプリントすることで「もの」として形にしてこそ、写真の作品は完成する。

スマートフォンやパソコンの画面では透過光で画像を見るため、表示された画像はいまいち記憶に残りづらい。一方、プリントは反射光で見るが、何かを感じるなど伝わる情報量がより多くなるように感じられる。加えて、プリントは見るだけではなく、手にすることで紙の厚さや質感などをよりリアルに感じられるのも魅力だ。

写真は紙にプリントすることで初めて、速いスピードで大量消費される画像データではなく、ゆっくりと時間をかけて吟味してもらったり、長く記憶に残ったりするような作品になれるのだ。

また、プリントには自分の意図を反映できるのがポイント。単に画像を見るだけならSNSなどネット上でもできるが、見る人の環境によってディスプレイの色が異なるので、自分が見せたい色味のまま忠実に見せるのは不可能だ。

しかし、プリントでは自分の求める色味を完全に再現できるので、見る人全てに自分の意図を忠実に伝えることができる。プリントは単なる画像データを写真作品として昇華させるのに必要不可欠な工程だ。

額装した状態をイメージしながら作品を制作する

より良いプリント作品を制作するためには、プリントをフレームに額装した完成形の状態を撮影の時点から常に意識しておく。同じ写真でも余白の大きさやフレームのデザイン、色によって、閲覧者に与える印象は大きく変わってくる。作品の魅力を最大限に引き出して自分が閲覧者に伝えたい印象をより効果的に伝えるために、プリントした時の余白の大きさやフレームの種類をできるだけ早い時期に可能な限り具体的に決めておこう。

ちなみに、最近は裁ち落としで作品を展示する写真展をよく見かけるようになったが、裁ち落としの作品は額装された作品よりも平面的でパッとしないように見える。これは、額装された作品はフレームの影が作品に映り込むことで立体感がより強調される効果があるのに対し、裁ち落としの作品はそれがないことが理由だと思われる。

写真展ではどう見てほしいかを考えて会場を作る

写真展では写真作品それ自体のクオリティもさることながら、展示会場全体の雰囲気も重要となる。プリントに使用する用紙の種類やサイズ、額装するフレームのデザイン、作品配置のレイアウト、照明の強さなど、閲覧者にどう見てほしいかを意識して写真展を総合的にデザインしていく必要がある。

レイアウトと照明は特に重要。同じ作品でも配置のレイアウトが変わったり、照明の強さが変わったりするだけで、作品の見え方は大きく変わる。作品の魅力を最大限に発揮できるレイアウトや照明を追究していこう。

写真展の開催が決まったら、事前に同じ会場で開催される他の人の写真展を訪れることでレイアウトや照明がもたらす効果を研究しておくのも有効だ。

ステートメントは写真展全体の世界観を決める

写真展の入り口や重要箇所に提示するステートメント(声明文)にも気を配ろう。なぜこの写真展を開催したか?、写真展を通して何を伝えたいのか?などの写真展の核となる世界観を明らかにするのにステートメントの存在は重要となるからだ。

同じ作品、同じ展示会場でもステートメントが変わるだけで閲覧者に与える印象や伝わるメッセージは大きく変わる。ステートメントが決まったら、写真展を一緒に作るスタッフ全員とも共有した上で会場を設営しよう。スタッフ全員が同じ世界観を共有できていれば、よりクオリティの高い写真展を作り上げられる。

写真展はゴールではなく通過点

作品を展示することが写真展の目的ではない。作品を見てくれた閲覧者からの質問や疑問などの反響を受けることで、自分の作品をブラッシュアップしていくのが真の目的だ。

自分の作品はこんな風に見られているんだ、閲覧者はこういうところに関心が向くんだなど、自分だけでは気付けないことにも目を向けられるようになる。結果として、次は視野を広げてより進化した作品を制作できるようになる。

デジタル時代にあえてプリントを残す意義

今回の岡嶋和幸先生の写真展とギャラリートークを通じて、写真プリントに対する僕の意識は完全に変わったと言える。

現在はSNSにも素晴らしい作品が数多く見かけられる。しかし、どれも存在を実感できる「もの」としては存在しないため、速いスピードの中で消費されていくだけで人々の記憶に長く留まることは少ない。特に、Instagramではその傾向が強い。

僕自身もSNSをやっていてそのことが非常に残念だった。どんなに手塩にかけて制作した作品でも一時見てもらえるだけで、しばらくすればタイムラインの中に埋もれてしまう。もっと時間をかけてゆっくり楽しんでほしい、長い時間が経っても大事にしてほしいという望みを持つことは、同じく写真を愛する方であれば当然だと思う。

しかし、プリントならばその望みをより確実に叶えられる。

単なる画像データもプリントすることで「もの」としてのリアリティを持てるので、流れ行く時間の中にも埋もれない、より長くより多くの人に愛してもらえるエバーグリーンな作品として生まれ変わらせることができるのだ。

これこそがデジタル全盛の現代であえて写真をプリントする意義なのだと思う。

それと同時に、その望みを追求するためにはやはり自分専用のプリンターが必要なのだ。これだけでも現代でプリンターを購入する理由としては十分すぎるだろう。

かくして僕の抱いていた悩みは解決したのだ。

総評

岡嶋和幸先生の写真展「風と土」では、ディングル半島の美しい自然を楽しめるのはもちろん、プリントすることの意義や写真展に対する深いこだわりも感じ取ることができる。

もし現代において写真をプリントする意義や必要性について疑問に思うところがあるのであれば、ぜひ岡嶋先生の写真展を訪れてみることを強くお薦めする。

ここまで書いてきたように、先生の写真展を通して僕自身も写真観が大きく変わった。きっとあなたにも何らかの発見ができるかもしれない。

繰り返しとなるが、岡嶋先生の写真展「風と土」は銀座のソニーイメージングギャラリー銀座で3月14日の木曜日まで開催されている。

岡嶋和幸作品展 風と土

なお、今回の会期中は都合が悪くて訪問できない方も心配は不要だ。

岡嶋先生の写真展「風と土」は場所を変えて、目黒のJam Photo Galleryで4月16日から30日までの間も開催される。

Jam Photo Gallery

Jam Photo Galleryではソニーイメージングギャラリー銀座とは会場のレイアウトを変えたり、作品の印刷サイズを変えたりして展示されるそうだ。そのため、ソニーイメージングギャラリー銀座の写真展を訪れた方も両者の違いを考えつつ、新鮮な気持ちで楽しめるだろう。

岡嶋先生の写真展を通じてプリントすることで得られる写真作品の真髄を、あなたもぜひ体感してもらえれば嬉しい。